1961年バロンドールに相応しいのはシボリ?ペレ? - サカなん

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    バロンドールは元々、欧州年間最優秀選手賞として1956年に作られた。それから1994年までの39年間はヨーロッパ国籍の選手限定のまま表彰を続けていた。1995年に初めて、UEFAに加盟するクラブチームに所属しているという条件付きではあるが、対象者の国籍を問わないことになった。2007年からは、UEFAに限らず、全世界のリーグも対象となり、晴れて「世界年間最優秀選手賞」の扱いになったのである。とは言え、ワールドクラスの選手がヨーロッパのリーグに一堂に会する現代のサッカー界なのだから、1995年からでも実質「世界年間最優秀選手賞」と言って差し支えないだろう。

    このような歴史的背景から、バロンドールを創立したフランス・フットボール誌は、2016年のバロンドール60周年に際し、1994年以前の受賞者を再度評価し直した。つまり、「創立当初からバロンドールが全世界の選手を対象にしたものだったら受賞者は誰になっていたか」を仮想したのだ。その内12回が、再評価の結果、正規の受賞者とは別の選手が受賞に相応しかったという結論に至った。

    12回の内の一つ、1958年バロンドール。正式な受賞者は、アルゼンチン出身でありながら当時イタリア国籍を取得していたオマール・シボリだ。しかし、フランス・フットボール誌は、ブラジルのペレが受賞に相応しかったと認定した。ここでは、その理由を考察していく。

     

    正式な受賞者 再評価された選手
    選手 オマール・シボリ ペレ
    国籍 イタリア ブラジル
    所属 ユベントス(イタリア) サントス(ブラジル)
    ポジション

    FWMF

    FW

    チーム

    タイトル

    イタリアリーグ優勝

    ・ブラジル・サンパウロ州リーグ優勝

    ・ブラジル全国選手権優勝

    主な個人

    タイトル

    ・ブラジル・サンパウロ州リーグ得点王(26試合47得点)

    ・ブラジル全国選手権得点王(5試合7得点)

    その他

    要素

    ・クラブでの全公式戦29試合28得点

    イタリアリーグにて9試合17得点の固め打ち

    ・イタリア代表で5試合8得点

    ・ブラジル国内公式戦で年間38試合62得点

    ・伝説のゴール「ゴウ・デ・プラカ」を決めた

     

    記憶と記録に残る大活躍を見せたオマール・シボリ

    1961年当時のオマール・シボリはイタリアの名門ユベントスの攻撃の要として不動の存在だった。

    トップリーグでは、3月19日の第24節トリノ戦から5月21の第32節ナポリ戦までの9試合で17得点を量産し、ファンを熱狂させた。

    特に第28節のインテル戦では6得点を挙げ、チームの9-1の勝利に貢献した。

    この6得点は現在もイタリアトップリーグの個人の1試合最多得点記録である。

    得点ランキングでは、33試合で27得点を挙げたセルジオ・ブリゲンティ(サンプドリア)にわずかに及ばなかったものの、シボリは27試合という比較的少ない試合数で25得点を記録した。

    何より、ユベントスはシボリの活躍もあって、リーグ連覇を達成していることは評価の大きなポイントだ。

     

    また、これまではアルゼンチン代表としてプレーしていたシボリだが、イタリアで数年プレーしていたため、同国国籍を取得し、1961年に晴れてイタリア代表デビューを果たした。

    同年は親善試合とFIFAワールドカップ欧州予選を戦い、5試合8得点と、ここでも高い得点能力を発揮した。

    1961年のクラブと代表全ての公式試合で34試合36得点を挙げ、大きなインパクトを残したシボリは、見事に同年のバロンドールに選ばれたのだった。

     

    ブラジル政府はペレを国外流出不可の「国宝」と認定した

    一方で当時はバロンドールの対象外だったペレも、プロデビュー以来、世界最高峰のクオリティを維持していた。

    ブラジルのサントスに所属し、サンパウロ州リーグで26試合47得点、リオ・サンパウロリーグで7試合8得点、全国選手権で5試合7得点を記録した。

    サンパウロ州リーグと全国選手権では得点王にも輝いており、20歳にして国内ではもはや誰も止めることができない存在だった。

    そして、当時はブラジルを始めとする南米各国のリーグは欧州リーグにも勝るとも劣らないレベルであったことにも注意しなくてはならない。

     

    また、1961年のペレを語る上で欠かせないのが、「ゴウ・デ・プラカ」と呼ばれる伝説のゴールだ。詳しくはペレの伝説「ゴウ・デ・プラカ」をご覧いただきたい。

    要約すると、1961年はペレがサッカー専門用語の一つを誕生させた年でもあるのだ。

    明らかに逸脱した実力を持つペレを国外のクラブが放っておくわけもなく、レアル・マドリード、インテル、ユベントスといった超名門やその他いくつものクラブからサントスにオファーが届いた。

    しかし、サントスはペレの遺留に全力を注ぎ、ペレ自身も残留に前向きだった。

    さらには、ジャニオ・クアドロス大統領(当時)を中心としたブラジル政府が、ペレを人間国宝と認定し、国外流出阻止を公式に宣言するという前代未聞の事態にまで発展した。

     

    どちらがバロンドールに相応しかったのか

    1961年のバロンドールはオマール・シボリが手にした。

    しかし、もしバロンドールが欧州国籍以外の選手も対象だったなら、ブラジルのペレもかなり有力な候補だっただろう。

    プレーしていた舞台が異なるため、どちらがより優れていたかを決めるのは容易ではないが、両者共に世界最高クラスの記録を残し、見る者に与えたインパクトも凄まじいものがあった。

    読者の皆さんが考える1961年の真の主役はどちらだろうか。

    ぜひ吟味していただきたい。


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